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SARTORIAL STREET vol.2

概念に縛られず楽しむ大久保流スーツスタイル

FASHION 2016.11.02

大人のダンディズムを探る当連載。案内をするのは、ユナイテッドアローズ& サンズの名物ディレクター、小木“Poggy”基史氏。ストリートとサルトリアリズムの両方を追求する小木氏がリコメンドする、その道のスペシャリストを毎号迎え対談を決行。今回は、日本を代表するスタイリスト大久保篤志氏を迎えスーツスタイルの魅力について話す。

ミュージシャンのスタイルに倣うカジュアルの延長で着るスーツ

小木氏(以下K):「大久保さんに初めてお会いした時は衝撃でした。元々、大久保さんのことは存じていたのですが、2000年代前半、僕がユナイテッドアローズのプレス時代にリースに来て頂いた時が初めてでした。その時はポロシャツにア・ベイシング・エイプのスニーカーを履いていて。今でこそ当たり前になりつつありますが、当時はトラッドな格好にストリートのものを取り入れている人はいなかったので、僕はかなり衝撃を受けました」。
 
大久保氏(以下O):「全然覚えていないな(笑)」
 
K:「10年以上前ですからね。その時に大久保さんが、『ア・ベイシング・エイプは日本のラルフローレンだと思っている』と話していたのも印象的で覚えています。僕からすると相当先輩なので、当時は中々お話し出来ませんでしたが、少しずつ食事や呑みに連れて行って頂けるようになりましたね。エイプのパーティーでファレルが来ていた時も誘って頂いたり。NIGO®さんを紹介してくださったのも大久保さんでした。その後に、ファッションでは、トムブラウンが出てきて、世間はトラッドブーム。大久保さんは昔からイタリアモノのスーツを着ていましたが、よく履いていたディッキーズのパンツをジャケットと合わせたいとおっしゃっていて。その発想って普通の人は中々出来ないと思います。スーツスタイルもVゾーンでの遊びが面白く、ユニークな柄のネクタイを合わせたり、バドワイザーのシャツを中に着たりとか。スーツは、こう着なくてはならないという考えがそれまでありましたが、大久保さんの着こなしを見て、カジュアルの延長線上で着られることを学びました」。
 
O:「そうやって見られていたんだね。自分の中では、きちっと着ようということは考えてなかったから。物心がついて、その後どういう思考になって行くかが決まるのは大体、中学生の3年間くらいでしょ。そっから高校で形成されるみたいなさ。で、俺はやっぱり中学の時から音楽が大好きだったから、ファッションのお手本になるのはほとんどミュージシャンの格好なんだよね。例えばオーティス・レディングのスーツスタイルとか、そういうものが頭の中に焼きついている。だから中学時代にアイビーとか流行りだしても周りの友達はそっちに行くけれど、音をまったく感じられないというか、アイビーは大体フォークソングだったから。それはそれで悪くないんだけど、俺はフォークソングには興味がなくて、あくまでも黒人ベースの音楽だったりロックが好きだった。60年代後半のロンドンポップのようにロンドンブーツを履いて本当のミュージシャンみたいな格好がその時一番憧れていたからね」。

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音楽好きとしても知られる大久保氏のレコードコレクションから。ジェームス・テイラー、ロン・ウッド、デイヴ・メイソン、オーティス・レディングなど音楽だけでなく、レコードジャケットに写されたアーティストから感じることのできる雰囲気のある着こなしも魅力。

 

時代ごとに衝撃を受けた斬新なスーツスタイル

 

O:「その後、菊池武夫さんが衣装監修をしていた〝傷だらけの天使〟っていうドラマが放送されて、萩原健一さんが着ていたスーツスタイルが格好良かったんだよ。武先生ならではのヨーロッパテイストが入っていて、バギーパンツにオープンカラーのシャツを出して着る格好。だから成人式の時は無理して武先生がデザインしていたBIGIのスーツを買った。それが最初のスーツになるのかな。でも当時はスーツを着る様なシーンなんて他にないし、スーツというよりはカジュアルな新しいものをどんどんと吸収していったね。その頃にポパイが創刊して、アメリカントラッドも格好良いなと思い始めた。僕の師匠である北村勝彦さんのスタイリングを見て、ボタンダウンシャツをクルーネックセーターの裾から外に出したり、ワークパンツの履きこなし方だったりが新鮮だったし当時はすごい珍しかった。その後、20代後半にアルマーニが出始めた頃、初めてイタリアに行った。その時にアルマーニを着たイタリア人のスーツスタイルを見て、その衝撃度が高かったね。その頃まだ日本にはイタリアものなんて入っていなかったから。きちんとアイロンがかかったイギリスのビスポークとはまったく違って、麻素材のヨレヨレのスーツスタイル。格好良いなーと思ってさ。それから見よう見まねでそういう格好をしていた。20代の後半から割と、Vゾーンを派手にするということはずっとやっていて、それはイタリアでの衝撃が大きかったね。当時は今みたいにネットで海外のスタイルを見れるような時代じゃないから、実際に行って初めて見るのとでは衝撃度が違うからね。30代前後の頃には、山本耀司さんから“Y’s for men”のイメージビジュアルの仕事を任されたんだけど、その頃は仕事をしている内に耀司さんの服が面白いと思ってよく着ていたね。それが終わってまたアメリカンカジュアルになるのかな。丁度、小木君が俺を見たあたりの」。
 
K:「ワークウエアや古着とか着てた時ですね」。
 

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(左)成人式の際に購入したBIGIのスーツ。目を見張るほどのワイドパンツが今見ても新鮮である。
(右)80年代に大久保氏が手がけたY’s for menのシーズンビジュアル。モデルにはブルース・ウェーバーのスタイリストとしても知られるジョー・マッケナを起用。隣にはホームレス風の男性と映っており、ユニークさも感じるヴィジュアル。

 

アメリカ人の着こなしにジャケットの自由さを学ぶ

O:「当時は、LAに仕事でもしょっちゅう行っていることもありアメリカから影響されるものが多かった。ビーチサイドにいるホームレスだったり、何をやっているかわからない人たち。その人たちが、ジャケット着ているんだけど、真似のできない着方が良いよね。70年代に絶対ヒッピーやってたような人たちの格好を街中でもよく見て、これはやばいと。ポリエステルのジャケットに、デニムやワークパンツ、インナーも様々だしキャップも被っている人が多い。そういうのを見てからジャケットにキャップっていうスタイルも俺の中で多かったな」。
 
K:「そうですね。アメリカ人は昔からそういう人いましたけど、日本人では中々いなかったですよね」。
 
O:「そう。まさに瞼の中のロサンゼルスを求めていたね」。
 
K:「スーツにテンダーロインのリング合わせたり、スタッズベルトを合わせたり、今はもう見慣れていますが普通だったら考えられない合わせですよね。とにかく大久保さんに会うたびに衝撃でした。あと、僕が前にやっていたリカー、ウーマン&ティアーズという店で、大久保さんがよく夜めにお店に来てくださって。よく呑みに誘って頂きましたね。今日みたいな格好で、バーに行ったり、毎回自分が行ったことのないような場所へ連れて行ってくれて。ジャケットスタイルで、そういった場所に行く格好良さを背中を見ながら学びました」。
 
O:「俺は何も考えないでやってたけどね」。
 
K:「スーツスタイルというと、すごい格好つける人って沢山いるんですが、そうなると違うんですよね。どこか着崩していたり、自分の好きなものをミックスしていたりとか、着こなしに楽しさがある人が好きですね」。
 

気に入ったスーツを毎日着て自分のスタイルを出したい

O:「レコードのジャケットで見るミュージシャンの着こなしだったり、アメリカのホームレスのような着こなしがそうだよね。例えば、このジェームス・テイラー。ファーストアルバムだけど、この時のスーツスタイルが自分の中でやっぱり格好良いんだよな。ロッド・スチュワートとか、ロン・ウッドのスーツとかさ。やっぱこういうブリティッシュスタイルがベースの部分で頭の中に入っているから」。
 
K:「おしゃれですね。ジェイムズ・テイラーの着こなしは靴で外すという感じで。これもデザートブーツですもんね」。
 
O:「このスーツだって、別にどうってことのないものだけど雰囲気だよね。ジャケットとタイの絶妙な色合いであったり、これはやっぱり真似したくなりますよ。スタイリストジャパンのスーツは表現方法は違うけれど、気持ち的にはこういう感じでやっていたい。スタイリストジャパンを始めたのも、俺たちのようなカジュアルで育った人たちは中々スーツを楽しめないし。ベンデイビスとかディッキーズを履いていたような人が、もっと身近にスーツスタイルを楽しむためには、ワークウエアの素材がないと思っていたからなんだよね。今日小木君が着ているディッキーズとコラボしたスーツもそうだけど、これだって洗わなかったら本当にバリバリだからね」。
 
K:「これ結構洗っていますね。本当はもっと穴が開くまでボロボロにしたいんです」。
 
O:「こんなに長く着てくれるのは嬉しいよ。でも生地が丈夫だからね、穴が開くまではまだかかりそうだけど、そこまでいったら最高。本当は、俺も1年中同じスーツを着ていたい。毎日一緒で。もう肘も出て、スーツなのにジャケットのポケットにアタリが出てくるくらいの。そういうのが理想なんだけど、こういう仕事をしているとそうはいかないから。いつかは毎日気に入った1着のスーツをヨレヨレで着ていたいね」。
 

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スタイリストジャパンの初期コレクションで製作したセットアップ。ジャージー素材、ヒッコリー素材を使ってカジュアルに着用できるスーツを発信し続ける。

INFORMATION

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大久保篤志
平凡出版(現マガジンハウス)“POPEYE”にて北村勝彦氏に師事後スタイリストとしてキャリアをスタート。1981年以降はフリーとして雑誌、カタログ、タレントなど幅広くスタイリングを手がける。また、2006年より自身のブランド“The Stylist Japan”を開始。

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小木〝Poggy〟基史
UNITED ARROWS & SONSのディレクターを務める。ストリートとクラシックに精通した知識と自身のセンスで、世界中のファッションシーンから多大なる注目を集める。

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